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神戸地方裁判所 昭和44年(ヨ)456号 判決

債権者 宗藤泰而

右訴訟代理人弁護士 小林勤武

同 三上孝孜

同 木下元二

同 小牧英夫

同 小島成一

同 上条貞夫

債務者 東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役 山本源左衛門

右訴訟代理人弁護士 松崎正躬

同 竹内桃太郎

同 渡辺修

主文

債務者は債権者を債務者会社神戸支店に勤務する従業員として取扱え。

申請費用は債務者の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  債権者

主文同旨

二  債務者

本件申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

第二債権者の申請の理由

一  債務者会社(以下単に会社という)は肩書地に本店、大阪市、神戸市など全国に一二の支店、一二七の営業所を置き、従業員約三六〇〇名を擁し、海上、運送、火災、自動車等各種損害保険事業を営む株式会社である。

債権者は昭和三〇年四月一日右会社に入社し、本店財務部に配属されたのち、昭和四〇年一〇月神戸支店に転勤し、以後同支店に勤務していた従業員である。

二  会社は昭和四四年七月一日付で債権者に対し、福岡支店管下佐賀営業所への転勤を命じた(以下単に本件転勤命令という)。

三  本件転勤命令は債権者の正当な組合活動の故に不利益な取扱をするものであって、労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為として無効である。

≪以下事実省略≫

理由

一  申請の理由一、二の事実は会社の従業員数の点を除き、当事者間に争いがない。

二  まず本件転勤命令が不利益処分に該当するか否かについて判断する。

(一)  債権者が全損保の組合員であり、昭和三一年東海支部東京分会青年部副書記長に就任したのをはじめとして、以後同支部の組合役員に選任され、昭和三七年九月には組合専従者として同支部副書記長、東京分会書記長、同委員長などをそれぞれ歴任し、昭和四〇年一〇月神戸支店に転勤してからは右支店を活動の本拠とし神戸分会委員長を経て、本件転勤命令当時同分会の副委員長の地位にあったことはいずれも当事者間に争いがなく、右事実に≪証拠省略≫を総合すると、債権者はかねてから東海支部あるいは神戸分会の組合運動の指導者として活発に活動してきたことが認められる。

そうして、≪証拠省略≫によれば、本件転勤先である佐賀営業所には東海支部組合員は皆無であり、福岡支店全管内においてさえもわずか二名在籍しているにすぎず、債権者が東海支部組合員として組合活動を行うことは事実上殆んど不可能あるいは著しく困難な実情であることが認められる。

もっとも、全損保はいわゆる産業別単一組織の労働組合であることは当事者間に争いがなく、債権者本人尋問の結果によれば、佐賀市内には同業他社に勤務する全損保組合員が約三〇名おり、福岡地方協議会および同佐賀地区協議会が組織されていることが認められる。しかしながら産業別単一組合は企業内組合と比較して、その団結活動が広範にわたることはいうまでもないが、それも各単位組合の企業内における組合活動の基礎の上になりたっているものであって、この企業内活動があくまで労働者の団結活動の中心になっている現状はいなめなく(現に債権者の従来の活動も後記認定のとおり東海支部を中心にして行われていた)、さらに債権者本人尋問の結果によれば前記地区協議会等も組織としては存在するものの実質的活動はなされていないことが認められるのであって、これらのことを考え合わせると、前認定の事情のもとにあっては観念的には債権者が組合活動を展開しうる余地がないとはいえないけれども、事実上は東海支部組合員として活動を行うことは殆んど不可能または著しく困難であるというを妨げない。したがって本件転勤命令は債権者から組合活動を奪うものであり、その結果債権者の団結権上の利益がそこなわれることは明らかである。

(二)  さらに≪証拠省略≫を総合すると、会社は昭和四四年度の人事異動に際し、(1)若手課所長の起用、(2)高年令課所長対策、(3)人員配置、(4)若手社員の計画移動、つまり成長期にある若手社員に対し種々の職務経験を経させることによって本人の適性を発見し、その能力を伸長させるため同一課所に三年以上在籍した者を対象として本支店(母店)、部門間の異動を行うこと、の四点を基本方針としてこれを実施したこと、そして債権者が属するノン・マリン部門における他部店間異動の総数は六四名でそのうち四〇数名が昭和三八年以降の入社(入社歴六年、年令二九才以下)の者によって占められ右(4)の基本方針はおおよそ入社歴四年から八年の者が重点対象にされたものであること、さらに大学卒で営業所勤務の非役付社員は昭和四四年一〇月当時債権者をも含めて合計一二五名であるが、その内訳を入社歴別にみると五年以内の者がそのうち九八名で全体の七八・四パーセントを占めているのに対し、一〇年以上一二年までの者はわずかに五名で四パーセントにすぎず、ことに一三年以上の者は債権者を除き皆無であること、昭和四二・四三年度においても各一名づつ大学卒入社歴一〇年以上の社員が母店から営業所へ非役付社員として転出した例があるがいずれもその直後に所長代理に昇格していることが認められ、右事実によれば、大学卒入社歴一四年、年令三六才の非役付社員である債権者に対し神戸支店から遠隔地の佐賀営業所勤務を命ずる本件転勤命令は従来の会社の人事異動の実態にてらし学歴、経験年数からみて異例の人事であり債権者を不当に差別し不利益に取り扱ったものというべきである。

三  そこで本件転勤命令が不当労働行為の意思をもってなされたものであるか否かについて判断する。

(一)  会社は本件転勤命令は全社的な人事異動の一環として、正当な業務上の必要からなしたものである旨主張するのでまずこの点について判断する。

≪証拠省略≫を総合すると、会社では昭和三九年頃から毎年新規採用の社員を当初三か月間各地の営業所において実務研修させたうえ、七月一日付をもって正式配属するという制度を実施するようになったが、これに伴い全社的規模での人事異動も七月一日付で行うようになり本件転勤命令もこれと期を一にして行われたものであること、従来会社の営業対象がいわゆる企業物件中心であり、同業他社に比べて一般物件がたちおくれていたので数年前から一般物件に力点をおく方針が決定されいきおい比較的小口の一般物件を多数取扱う末端の営業所を強化向上させることが要請されていたこと、そうして福岡支店管下佐賀営業所は昭和四〇年頃から自動車損害賠償責任保険、および火災保険を中心として一般物件の保険契約数が急激に伸びその事務量もこれに比例して増加してきたので昭和四三年度から男女各一名の増員要求が出されていたところ、会社においても同営業所の営業実績にかんがみこれを正当な要求と判断しまず昭和四三年度において女子社員一名の増員をなし、つづいて昭和四四年度においてさらに男子社員一名の増員を認めることになったこと、そこで会社人事部としては、母店と営業所との人事交流、同一課所三年以上在籍者を重点的に移動させるという方針と、特に右営業所から所長(当時四六才)と最年長の所員(当時三一才)の年令差が開いているので増員の機会にはその中間にあたる年令のヴェテラン社員をという希望が出されていたのでこの点をも考慮しながら人選にあたったこと、一方債権者は入社後約七年余本店において財務関係の業務に従事し、神戸支店に配属されてからは営業関係の業務を担当しすでに約三年九か月を経ており、それまで営業所勤務の経験がなかったので異動の対象になっていたところ、年令経験ともに右佐賀営業所の希望にも適合していたので結局債権者を同営業所員として適任であると判断して本件転勤命令を発したものであることが認められる。

しかしながら本件転勤命令が債権者の経歴等にてらして異例の人事であることは前認定のとおりであり、≪証拠省略≫によれば、佐賀営業所の前記希望条件等を満す異動対象者としては同一課所三年以上勤務年令三四才以上四〇才以下に限っても福岡支店管下において八名、広島、高松支店管下でも数名の該当者がいることが認められる。しかしてこれらの該当者につき会社において十分検討したと認めるに足りる証拠はない。

もっとも、債務者は昭和四四年度の人事異動においては母店と営業所の人事交流につきとくに他母店間、他部店間の異動を基本方針とし、佐賀営業所の増員についても他母店である広島、高松両支店につき人選をすすめたが適任者がいなかった旨主張し、証人松多昭三の証言(第二回)中には右主張にそう供述部分があるが、≪証拠省略≫と対比してにわかに信用することができず、かえって右各証拠によると、昭和四四年七月一日付で福岡支店管下の営業所へ異動した者一〇名のうち八名は同じ福岡支店およびその管下の営業所からの異動であり他母店から異動した者は債権者を含めてわずかに二名にすぎず他母店間の人事交流という方針は何ら貫ぬかれていないことが認められる。

そうだとすると、本件転勤命令発令の経緯からかりにこれが会社の人員配置上一応望ましいと判断した点を考慮してもなお佐賀営業所の増員要員として債権者をこれにあてた合理的理由があるとはいい難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(二)  つぎに債権者の組合活動および東海支部なかんずく神戸分会における組合活動上の地位について判断する。

(1)  東海支部が昭和三五年に三月臨給斗争、安保改悪阻止斗争、労働協約改悪阻止斗争を、昭和三七年には労働協約廃棄をめぐる斗争、右協約廃棄後の課所長等の組合一斉脱退、会社施設利用の制限強化、チェック・オフ廃止等に反対する斗争、昭和三八年には九月臨給廃止反対斗争賃金のグロス建移行反対斗争などを行ったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、債権者は右各斗争に際し組合役員、斗争委員として指導的役割をはたし、かなりの成果をあげていたこと、ところがこのような東海支部の斗争的活動方針に対し、昭和三八年頃から組合内部、とくに係長層を中心として比較的穏健で労使協調的な傾向を組合内部に持ち込もうとする一派が形成され、昭和三九年末にはこれが労研として正式に発足し、公然と執行部を極左斗争至上主義とする批判を行うようになり、そして右のような主張が次第に一般組合員の受け入れるところとなって、結局昭和四〇年九月の組合役員選挙では債権者を含む従来の役員がことごとく落選し右労研派による執行部が構成され組合は労使協調的な路線を進んでいったこと、債権者はこれらの労研派の活動に対し終始厳しい批判を行い、従来の活動方針のもとで組合員が団結するように呼びかけ積極的な行動を展開したことが認められる。

(2)  そして昭和四一年一〇月右労研派の執行部によって東海支部の全損保からの支部脱退が提案され、ついで同年一二月の大会でこれが可決され、以後東海労組を名乗ることになったこと、および債権者は前記役員選挙において落選すると同時に従来の組合役員専従者の地位をはなれ職場に復帰することとなって昭和四〇年一〇月神戸支店に転勤を命ぜられたことはいずれも当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すると、神戸支店に配置換えされた債権者は一組合員として執行部の労使協調路線を批判する立場から労働運動に関する学習会を主宰する一方、組合員有志が組織していた松沼一郎の夫婦別居をもたらす転勤に反対する「松沼守る会」の中心メンバーとしてその裁判斗争を積極的にすすめ、原告松沼側証人として二度にわたって出廷し(このことは当事者間に争いがない)会社側を批判する証言を行ったこと、前記全損保脱退の提案に対してはただちに反対の意見を表明し、支部大会へ向けての代議員選挙に立候補したが落選したこと、そして全損保脱退が可決されるや、労働組合規約上右支部脱退は無効であり、執行部はその職務を放棄したとして、ただちに臨時支部大会を開くとともに神戸分会においても全損保脱退に反対する一八名の組合員によって分会のいわゆる機能再建が計られ、債権者はその再建委員ついで分会委員長に選任されて団結の中心となったことが認められる。

(3)  ≪証拠省略≫を総合すると、東海支部は組合分裂によって一挙に組合員約一八〇名(その後さらに減少し現在約一五〇名余である)の少数組合となったが、その中にあって神戸分会は東京、大阪につぐ組合員を擁し、その組織率は全一三分会中最も高く、分裂後一人の脱退者も出さず困難な組織状況のもとで機関紙「神戸みづたま」等を発行して積極的に情宣活動を継続するなど最も有力先進的な分会であること、そうして昭和四一年一二月二九日にはいちはやく支店との折衝をもち、増員要求、一方的人事異動反対、母体保護などの諸要求を取上げて交渉し、以後毎年の臨給、賃上げ斗争では主としてリボン、プレート、三角錐斗争を行い、とりわけ昭和四四年の臨給、賃上げ斗争では、東海支部は東海労組にさきがけて同年二月一〇日に第一回の団体交渉を開いたのをはじめとして、六月二三日妥結に至るまでの間合計一一回の団体交渉を持ち、その間五月一六日、二三日の両日には労使にとって七年振りの三〇分間の時限ストを実施し(これらの諸斗争をしたことは当事者間に争いがない)、会社に大きな影響を与えたが、これらの斗争に際し債権者は神戸分会副委員長として積極的に活動し重要な役割をはたしたことが認められる。

そうして、一般に使用者としては穏健な労使協調的組合を歓迎し、抗争的性格の強い組合を排除しようとする傾向があることはいなめない事実であり、従来ともすると斗争重視的傾向の強かった東海支部、そして組合分裂後も少数組合となったとはいえ、活発な情宣活動を継続しストライキを含む強い斗争的姿勢を示す東海支部よりも、比較的穏健で労使協調路線を進む東海労組をより好ましいと考えたであろうこと、したがって東海支部および神戸分会の枢要な地位にあって積極的に活動し組合員に影響力の大きい債権者を健全な労使関係を望む観点から好ましからざる組合活動家と評価し、それだけに注目していたであろうことは容易に推測される。

しかして前認定の不利益取扱の事実および右認定の諸事実を総合勘案すると本件転勤命令は会社が債権者の組合活動を著しく困難ならしめ、組合に対する影響力を滅殺する意図のもとになしたものであり、これが本件転勤命令を発するに至った主要な理由であると推認される。

四  してみれば、本件転勤命令は労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為であって無効であり、債権者は依然として神戸支店に勤務する従業員としての地位を有するものというべきところ債権者は神戸分会副委員長として組合活動の枢要な地位にあったが本件転勤命令によって組合活動上全く孤立し、日常活動を行うことは事実上不可能ないし著しく困難な状態におかれていること本件転勤命令は債権者の年令経歴にてらして異例の人事であることは前認定のとおりであり債権者がこれを不当な命令であるとしてこれに苦痛を感じることも債権者の得手勝手な感情であるとはいえず、したがって本案判決確定まで債権者を佐賀営業所勤務の従業員として取扱うことは組合活動上の損害ならびに精神上の損害を与えることは容易に推測できるところである。しかして右損害は後に回復しがたい性質のものであるからこの損害を避けるため、債権者を本件転勤命令発令前の職場である神戸支店勤務の従業員として取扱うよう命じる仮処分の必要性があるというべきである。

五  よって債権者の本件仮処分申請は理由があるから、保証をたてさせないでこれを認容することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 関護 裁判官 岩川清 田中観一郎)

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